小説WE'RE HEROES!!

部活発のガールズバンドを結成した私たち。愛機“エクスカリバー”を手に、円卓の騎士のように支え合いながら音を鳴らす。選ばれた英雄じゃなくても、自分たちだけの伝説を、ステージの上に築いていく。

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「とりあえず、サビっぽいところから!」

「雑!」

「音楽は勢い!」

「それは私が言うやつ!」

千夏は譜面を見た。

歌詞の一部が目に入る。

命を懸けて 未来を掴め
苦難と涙の果て 心に灯る希望

「……重っ」

千夏は呟いた。

でも、嫌いじゃなかった。

岳のドラムが入る。
不器用だけど勢いのあるリズム。

玲奈のキーボードが、そこに薄く光を足す。
蒼真のギターは少したどたどしい。

千夏は息を吸った。

歌えるのか。
分からない。

でも、走る時と同じだった。

最初の一歩を出す前は、いつも少し怖い。

怖くても、足は出る。

千夏はエクスカリバーを鳴らした。

そして、歌った。

声は少し裏返った。
コードも一瞬ずれた。
リズムも合っていない。

でも。

音楽室の空気が動いた。

岳が笑う。
玲奈が目を細める。
蒼真が一瞬、演奏を忘れそうになる。

千夏の声は、綺麗ではなかった。

けれど、まっすぐだった。

草原を走ってくる風みたいに。
まだ小さな獣が、初めて自分の速さを知ったみたいに。
誰より先に、空へ向かって飛び出していく声だった。

サビの最後、千夏は譜面に書かれた言葉を見た。

WE’RE HEROES!!

歌詞なのか、掛け声なのか分からない。

でも千夏は、思いきり叫んだ。

「WE’RE HEROES!!」

その声が、音楽室の壁にぶつかって跳ね返る。

演奏はそこで崩れた。

岳のドラムが止まる。
蒼真のギターも止まる。
玲奈のキーボードだけが、最後に小さく余韻を残した。

数秒、誰も喋らなかった。

千夏は息を切らしていた。

走ったわけでもないのに、胸が上下している。
指先がじんじんする。
喉が熱い。

岳が最初に笑った。

「決まりだな」

「何が」

「フロント」

「だから、勝手に——」

玲奈が静かに言った。

「今の、よかった」

千夏は言葉を止めた。

玲奈は表情をあまり変えないまま、続ける。

「上手くはないけど」

「そこは言わなくてよくない?」

「でも、よかった」

蒼真もギターを下ろした。

彼は少しだけ悔しそうに、でもどこか嬉しそうに言った。

「ちーの声、外まで届きそうだった」

千夏は、何か言おうとして、やめた。

胸の奥がくすぐったい。

恥ずかしい。
でも、嬉しい。

岳が立ち上がって、千夏の前に手を差し出した。

「ようこそ、ROUND TABLEへ」

「まだ仮」

「仮でもいい」

岳は笑う。

「円卓は、席に座ったやつから騎士だからな」

「何それ」

「今考えた」

「適当」

千夏は笑った。

そして、差し出された手を軽く叩いた。

「仮ね」

玲奈がその上に手を重ねた。

「仮」

蒼真は迷った。

でも、千夏がじっと見る。

「蒼真」

「……分かったよ」

蒼真も手を重ねた。

四人の手が、音楽室の真ん中で重なる。

千夏はそれを見て、ふと思った。

円卓なんて、ここにはない。

けれど、手を重ねた瞬間、たしかに何かが丸くつながった気がした。

誰かが上でも、誰かが下でもない。
全員が同じ高さで、同じ音へ向かっている。

岳が言った。

「掛け声いるな」

「いらない」

蒼真が即答した。

「いるでしょ」

千夏が言った。

「お前は絶対そう言うと思った」

「バンドっぽいじゃん」

「黒歴史になるぞ」

「黒歴史上等」

千夏は笑う。

「英雄って、だいたい後世に語られるんだから」

蒼真が呆れた顔をする。
岳は大笑いする。
玲奈は小さく頷く。

「じゃあ」

千夏は重ねた手に力を込めた。

「私が言うから、みんな続いて」

「何を?」

蒼真が聞く。

千夏は、譜面に書かれた言葉を思い出した。

ださい。
大げさ。
でも、今は少しだけ信じてみたい言葉。

千夏は息を吸った。

「WE’RE——!」

沈黙。

誰も続かなかった。

「……ちょっと!」

千夏は叫んだ。

「そこはHEROES!!でしょ!」

岳が腹を抱えて笑った。

玲奈が真顔で言う。

「練習が必要」

蒼真はため息をつきながらも、少し笑っていた。

「ほらな。黒歴史の始まりだ」

千夏はむっとした。

「もう一回!」

四人は手を重ね直す。

音楽室の外では、夕方の風が校舎を撫でていた。
河川敷の草が、遠くで揺れている。

千夏は銀色のギターを肩にかけたまま、仲間の顔を見た。

まだ、何も始まっていない。

演奏は下手。
曲は未完成。
部員も足りない。
文化祭までは二十九日。

それでも。

胸の奥に、小さな火が灯っていた。

千夏はもう一度、叫んだ。

「WE’RE——!」

今度は、岳が続いた。

「HEROES!!」

少し遅れて、玲奈。

「HEROES」

さらに遅れて、蒼真。

「……ヒーローズ」

「蒼真、声ちっさ!」

「うるさい」

千夏は笑った。

笑いながら、なぜか泣きそうだった。

その日、ROUND TABLEはまだ、英雄なんかじゃなかった。

ただの廃部寸前の軽音部。
未完成の曲。
傷だらけのギター。
そして、走ることしか知らない、小さなチーターみたいなギターボーカル。

それでも彼女たちは、初めて声を合わせた。

WE’RE HEROES!!

その言葉はまだ、音楽室の中で少しだけ空回りしていた。

でも千夏には、聞こえた気がした。

遠い草原の向こうで、まだ知らない観客が、いつか同じ言葉を叫ぶ声が。

第二話 仮フロントと円卓の席

翌日の放課後、瀬名千夏は音楽室の前で立ち止まっていた。

扉の前に貼られた紙は、昨日と同じように少し傾いている。

軽音楽部 部員募集中
このままだと廃部です。助けて。

その「助けて」の文字を見て、千夏は小さく息を吐いた。

「……仮だから」

誰に言うでもなく、そう呟く。

昨日、確かに手は重ねた。
確かに叫んだ。

WE’RE HEROES!!

でも、あれは勢いだ。
放課後の空気と、銀色のギターと、未完成の楽譜と、岳の雑なテンションに流された結果だ。

入部したわけじゃない。
フロントになったわけでもない。
ROUND TABLEの一員になったわけでもない。

ただ、一回だけ合わせてみただけ。

だから今日は、冷静に考える日だ。

千夏はそう自分に言い聞かせて、扉に手をかけた。

その瞬間、中から爆音がした。

ドン、ガシャン、ドドドドド。

「うるさっ!」

千夏は反射的に扉を開けた。

音楽室の中では、高峰岳がひとりでドラムを叩いていた。
昨日と同じく制服はだらしなく、ネクタイは緩み、髪は跳ねている。けれどドラムを叩いている時だけ、顔つきがまるで違った。

眠そうでも、雑でもない。

目が、ちゃんと前を見ている。

スティックが振り下ろされるたび、空気が弾ける。
床が震える。
千夏の足の裏までリズムが来る。

岳は千夏に気づくと、最後にシンバルを鳴らして止まった。

「お、仮フロント」

「その呼び方やめて」

「じゃあフロント」

「もっとやめて」

岳は笑った。

「来たってことは、やる気あるんだろ」

「仮だから」

「はいはい、仮ね。仮フロント」

「聞いてた?」

千夏は音楽室の中を見回した。

玲奈はすでにキーボードの前にいた。
長い髪を結び、譜面に何かを書き込んでいる。昨日よりも少しだけ表情が柔らかい。

蒼真は壁際で、古いギターを膝に乗せていた。
まだ慣れない手つきでコードを押さえている。

「蒼真、来てたんだ」

「お前が昨日『手伝って』って言ったんだろ」

「言ったっけ」

「言った」

「そっか。えらい」

「犬扱いするな」

蒼真はそう言いながらも、少しだけ照れたように視線を逸らした。

千夏は自分のギターケースを下ろした。

「エクスカリバーは?」

「準備室」

玲奈が答える。

「弾く?」

千夏は一瞬だけ迷った。

昨日の感触が、まだ手のひらに残っている。

銀色のボディ。
弦の硬さ。
肩にかかる重さ。
鳴らした瞬間、胸の奥まで風が入ってきたような音。

正直、触りたい。

でも、それを言うのは少し悔しい。

「……一応」

「一応が多い」

玲奈が静かに言った。

千夏はむっとする。

「月森さんって、意外と刺してくるよね」

「玲奈でいい」

「え?」

「同じバンドなら、苗字は遠い」

千夏は少し驚いた。

同じバンド。

その言葉が、妙に胸に残った。

「まだ仮だけど」

「仮でも、音を合わせた」

「……じゃあ、玲奈」

「うん」

玲奈は小さく頷いた。

それだけの会話なのに、千夏は少し照れた。

名前で呼ぶ。
それだけで、昨日よりも少し近くなる。

音楽室の奥にある準備室から、岳がエクスカリバーのケースを持ってきた。

「ほら、聖剣」

「ギターね」

「聖剣ギター」

「ださい」

「WE’RE HEROES!!って叫んだやつが言うな」

「それはそれ」

岳がケースを開く。

銀色のギターが現れる。

昨日と同じなのに、今日は少し違って見えた。

眠っていたものが、起きてこちらを見ているような気がした。

千夏はギターを肩にかける。

重い。

でも、その重さに体が少しずつ慣れていく。

玲奈が譜面を配った。

「昨日やったのはサビだけ。今日は最初から確認する」

「最初からって、曲ちゃんとあるの?」

「ある。けど、未完成」

「どのくらい?」

玲奈は譜面をめくった。

「イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ。二番の途中まで。間奏は空白。ラストサビも歌詞だけ」

「けっこう未完成じゃん」

「だから完成させる」

岳がスティックを鳴らした。

「文化祭まで二十八日!」

「昨日二十九日って言ってなかった?」

「一日減った!」

「そりゃそうだけど!」

千夏は譜面を見た。

最初の歌詞。

風になびく草原 足跡残し進む
嵐の中を打ち砕き 勇者は旅立つ

千夏は黙った。

草原。

まるで、さっきまで自分が走っていた河川敷みたいだった。

足跡。
風。
旅立つ勇者。

大げさな言葉なのに、なぜか遠くない。

千夏の中にある景色と、変に重なった。

「これ、誰が書いたの?」

千夏が聞くと、岳はドラムスティックで譜面を指した。

「十年前のROUND TABLE。作詞作曲は、真壁透って人らしい」

「まかべ、とおる?」

「元軽音部の部長。ギターボーカル。エクスカリバーの前の持ち主」

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