
波の音から立ち上がる記憶
「潮騒のプリズム」は、特定の出来事を順番に描く曲ではない。波の音を聞いた瞬間に、関係のない年の夏の記憶が何枚も重なって浮かび上がる感覚を、そのまま曲の構造にしている。FOLKLORICAの楽曲の中でも、この曲は筋立てよりも感覚の重なりを優先して作られている。
「プリズム」という言葉を選んだ理由
タイトルに光の分散を示す「プリズム」を選んだのは、記憶そのものを一色に塗らないためだ。一つの夏の記憶は、楽しさだけでも寂しさだけでもなく、同じ瞬間の中に複数の感情が同時に差し込んでいる。その複数性を、波の音が光を幾つもの色に分けて見せる様子に重ねている。
「祈リウタ」の中に置かれた位置
この曲は、産声から再生までを描くフルアルバム「祈リウタ」13曲のうちの一つにあたる。アルバム全体の並び順を決めた際、この曲は失恋や喪失を描く曲の手前に置かれている。幸福だった記憶を先に置くことで、その後に描かれる痛みが唐突に始まらないようにする意図がある。
波音と記憶を同時に描く難しさ
波の音を歌詞や音像にそのまま持ち込むと、情景だけが先に立ち、記憶の感情が後回しになりやすい。「潮騒のプリズム」では、波音を背景として鳴らす扱いにせず、記憶が浮かび上がる引き金として機能させることを優先した。音と記憶、どちらか一方だけが強くならないよう、何度も配置を調整している。
まだ歌詞が完成していない理由
この曲は現在も歌詞制作中の状態にある。記憶の重なりという感覚を言葉にする作業は、出来事を順番に説明する作業よりも難しい。感覚を言葉で固定しすぎると重なりが消えてしまうため、歌詞の確定を急がず、曲順の中での役割を先に固めてから言葉を仕上げる進め方を取っている。
モチーフとして選んだ具体的な情景
記憶を描くにあたり、抽象的な「夏」という言葉だけに頼らず、麦わら帽子の内側にこもる熱や、冷えた麦茶のグラスに浮かぶ水滴といった、具体的で小さな情景をモチーフとして選んでいる。大きな出来事ではなく、取り立てて意味を持たない瞬間ほど、後から不意に思い出されるという前提で選んでいる。
ビジュアル検討で確認した一致
楽曲のビジュアルを考える段階でも、この「重なり」という感覚を軸に確認している。一枚の絵として描くなら、波の光そのものではなく、光が分かれていく途中の瞬間を選ぶべきだという判断に至り、曲の構造とビジュアルの方向性が同じ基準で一致していることを確かめた。
季節を夏に限定した理由
記憶を描く曲として、季節を春や秋に設定する案もあった。それでも夏に限定したのは、暑さや光の強さが記憶の輪郭をにじませる季節だと考えたためだ。はっきりと覚えている出来事よりも、暑さの中でぼやけたまま残っている瞬間の方が、この曲の重なりという構造に合っている。
聴き手自身の記憶と重なる余白
曲の中で描く情景を細部まで固定しすぎないことも、意識して保っている基準の一つだ。麦わら帽子や麦茶といった具体的なモチーフを置きながらも、誰のどの夏だったかまでは説明しない。聴き手が自分自身の夏の記憶をそこに重ねられるだけの余白を、あえて残すようにしている。
この楽曲が聴かれる場所
「潮騒のプリズム」は、works.htmlで進行状況を公開しているフルアルバム「祈リウタ」の1曲として、完成後に他の12曲とともに届けられる予定にある。1曲だけを切り離して聴くよりも、産声から再生までの並びの中で聴いたときに、この楽曲が担う役割がより伝わるはずだと考えている。