
FOLKLORICAの装丁にいつも図書館が現れる理由
FOLKLORICAの作品を並べたとき、ジャケットや装丁のどこかに必ず書棚や古書、綴じられた紙の束のような何かが置かれている。版画調のアルバムも、水彩のイラストも、構図も色もまったく違うのに、この一点だけは共通して残されている。偶然ではなく、プロジェクトを始めた最初期に決めた一つの約束事だった。
「物語を集める場所」という世界観を、絵の外にも出す
FOLKLORICAは、語られなかった物語や忘れられた記憶に灯りをともす図書館の住人、という設定を軸に始まったプロジェクトだ。この世界観は曲や小説の中だけに留めておいても成立する。それでも装丁の中に同じ場所を描き込んでいるのは、聴く・読む・観るという入り口の手前で、すでに同じ図書館に足を踏み入れているという感覚を渡したかったからだった。
「本棚を描く」ことと「図書館を描く」ことの違い
装丁の検討では、本棚そのものを大きく描く案もあった。けれど本棚だけでは、ただの書斎や私室に見えてしまう。選んだのは、奥へ続く通路や、見えない書架の列を匂わせる余白を残す描き方だった。手前の一冊より、その奥に広がっている気配の方を、装丁のたびに優先している。
色と時代を変えても、「収蔵されている」感覚だけは変えない
「Grisaille―鈍色に咲く」は灰と緑とネオン、「ラグナログ」は土色と黄昏、「甘い毒」はローズと赤。作品ごとに色も時代も大胆に変えてよいという方針は装丁にも及んでいる。それでも各ジャケットの片隅には、綴じられたまま並ぶ背表紙や、埃をかぶった縁など、すでにここに収蔵されている物語だと分かる手がかりを一つだけ残している。
モチーフは固定しない。固定しているのは気配だけ
蝋燭や鍵、古書といった個別のモチーフを毎回同じ形で使うことは避けている。装丁でも同じ基準を適用し、同じ小道具を繰り返し置くことはしない。代わりに変えずにいるのは、画面のどこかに「まだ読まれていない背表紙」が潜んでいる気配そのもので、これだけは作品をまたいでも崩していない。
作品を分けて作るほど、装丁の図書館だけが地図になる
一つの物語を音楽・小説・漫画・映像に分けて作るとき、同じ場面をどの形式でも繰り返し描かない方針を取っている。形式ごとに描く場面が分かれるほど、聴き手や読み手は作品同士のつながりを外観だけでは判断しづらくなる。そこで装丁に図書館という同じ舞台を残すことで、別々に見える作品が同じ書架に並んでいることだけは、見た瞬間に伝わるようにしている。
装丁を先に描いてから、物語を作ることはしない
図書館というモチーフを装丁の軸に据えてはいるが、物語より先に装丁の構図を決めることはない。無彩色の世界にその作品固有の感情と色を先に差し、そこへ図書館の気配を10〜30%だけ重ねるという順番は、楽曲のビジュアルも装丁もすべて揺らがせていない。
装丁を手がかりに、書架の場所を探すという楽しみ方
作品ごとに色や時代を大きく変えているため、装丁だけを並べて見せても、同じプロジェクトだとすぐには気づかれないことがある。それでも図書館の気配という一点を手がかりに、「この作品もどこかに綴じられているはずだ」と探す楽しみ方ができるようにしている。並べて初めて気づく共通点として、意図的に残している部分でもある。
この書架に、次はどの一冊が並ぶのか
装丁に図書館を描き続けているのは、ブランドを覚えてもらうための記号ではなく、作品が増えるほど一つの場所に収められていく過程そのものを見せたいからだ。図書館の住人としてのFOLKLORICAという設定はabout.htmlでも触れているので、装丁の奥にある気配の意味を確かめたい人はそちらも覗いてみてほしい。